男女共同参画社会の形成と展開〜世界と日本の動き(4月25日、担当:犬塚協太)
全学共通科目「男女共同参画社会とジェンダー」の3回目の授業が、4月25日(木)5限に行われました。
前回、前々回に引き続き今回も犬塚センター長が担当し、主に性別役割分業の歴史的展開を中心に講義が行われました。とくに、性別役割分業というジェンダーが近代社会以降に広まったこと、その背景には、近代の産業構造が農業中心から工業中心に変化し、家族の内と外が異なる労働の場として分離したこと、家族の外のペイドワークに男性、内のアンペイドワークに女性を分離するイデオロギーが資本主義市場経済と国家によって浸透したこと、などが論じられました。
次回は、こうした近代の社会のジェンダーから男女共同参画社会の実現が求められるようになった世界と日本の近年の動向と、男女共同参画社会づくりに関わる大学の現状や課題などを中心に講義が行われる予定です。
受講生の声
国際関係学部・1年・女性
今回は主に性別役割分業を中心とした内容で、そのなかで私は特に最後の方であった働くことへ対する男女の動機づけの違いというのが印象に残り、深く考えさせられました。男性は、家族や自分が生活するため、生きていくためのお金を稼ぐために労働をする、しかしそれなら女性は何のために家事をしたり、育児をするのか、そう考えた時に“愛情”というのは今まで考えたことがありませんでした。でも、本当にその通りだなぁと思いました。それに、この考え方は、女性がもともと愛情深く、母性愛というものがあるからこそ出来る考え方でもあるのではないかと私は思いました。女と男はもともと違うからこそ、労働に対する意志の違いも出るだろうし、それは男と女が違うからこその良さだと思いました。
国際関係学部・1年・女性
今回、まず始めに性別役割分業意識はどのように形成されたのかということを学び少し驚いた。なぜならば私のイメージの中ではその意識はもっと前に確立されたものだったからである。また今回、産業革命が行われて2つの主義に分かれたことにより性別で役割が分かれるのは必然的だという話を聞いたが、その後の、女性はずっと市場に出られるわけではないから家庭にいた方が良いという考えには納得がいかなかった。確かにその方が効率が良いと言えるけれども子供を産むことは非常に重要であるし、その様な考えが未だに残っているからこそ性別役割分業意識から抜け出すことが出来ないのでないかと考えたからである。分業社会から抜け出すためには、男性側が、または効率を考えるのを妥協しなければならないと思う。
国際関係学部・1年・女性
私は、今日の授業を受けて男女の差を実感しました。女性は生まれながらにして妊娠・出産の能力があります。それが原因で女性の社会的評価が男性より低いということに納得はいきませんが、そういった体のことを考えるとやっぱり女性は社会的に不利なんだなぁと改めて思います。男性は働けばお金がもらえますが、女性は家事や育児をやっても目に見える形の利益はありません。私の母はよく「女は休み無しで家のことをしても、感謝してくれる人はいないし、それが当たり前になっている。男の人は働いて帰ってきたら休みになるから楽で良いなぁ。」と言います。確かに、私も女性なので女目線から見ると、男性に比べて女性は大変だと思います。毎日が仕事だからです。確かに女性は愛情深いかもしれません。でも、たまには休みが欲しいと思います。だから、これからの未来は女性も男性も協力して、より良い社会になっていくよう、私たち世代から社会を変えていくべきだと思いました。
国際関係学部・3年・女性
今まで女は家庭に、男は仕事という概念は男女能力の差から来ているのか?それは違うのではないか、不公平ではないかと思っていた。しかし、性別分業化となった仕組みを勉強してみるとそうではなくて、市場が効率性を求めた結果だと知り驚いたと同時に、男よりも女は能力が劣っていると思われていたわけではなくて少し安心した。しかし、妊娠、出産があるという理由だけで効率が悪いと思われるのは違うのではないかと思う。もしそうならば妊娠、出産、次世代の労働力を生産してくれる女性をもっと尊重し、やれるかぎりのやりたいことをやらせてほしいと思う部分もある。