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マイノリティとジェンダー(7月14日、担当:藤巻光浩)

 全学共通科目「男女共同参画社会とジェンダー」の13回目の授業が、7月14日(木)5限に行われました。

 今回は、「マイノリティとジェンダー」と題して、本学国際関係学部准教授の藤巻光浩先生に講義を行っていただきました。

 最初にご自分の専門分野の簡単なご紹介がなされた後、先生からは、今日の講義のポイントとして「マイノリティ」とは「本質的概念」ではなく、あくまでも「関係性概念」、つまり偶有性・流動性を持つ概念であり、条件を変化させれば関係は変化しうること、「偶有性に開かれていること」の大切さが強調されました。そして、その偶有性が担保されないときにマイノリティの本質的・存在論的概念が始まってしまうことにしっかり目を向け、そのことを分析する視角として、ジェンダーという問題意識から、「慰安婦問題」を取り上げて論じることが今日の主題になると述べられました。

 続いて、2015年末の日韓外相会談でこの問題の「最終的かつ不可逆的解決」をめざした合意がなされた出来事が取り上げられ、これに対して被害者(サヴァイバー)・支援団体からは強い不満の声が上がったこと、そこには、当事者の声を無視して国家間で政治的解決が図られたことの問題性、そして、彼女たちの求める「歴史的な名誉の回復」の意義をどうとらえるべきか、という問題提起がなされました。そこであらためて「慰安婦」という言葉が作り出すイメージが、結局自分の意思による商行為者としての「売春婦」というイメージにつながるものであることが論じられ、国連での報告で用いられている「レイプ・センター」における「性奴隷」といった表現がついに日本社会に浸透してこなかった背景に存在している「加害者側」の視点こそが問題であることが厳しく指摘されました。そして日本における「慰安婦」問題がこのように「売春婦」問題に陥ることで、彼女たちが国家による組織的なレイプ被害者としての地位を確保することが著しく困難になり、結果として「究極のマイノリティ」としてのポジションに本質的に置かれてしまうメカニズムが明確に解明されました。最後に私たちに課された課題として、彼女たちを「売春婦」として思い出すのか、「レイプ被害者」として思い出すのか、が大きな分かれ目であり、後者として思い出すことで初めて私たちが「誰にでも起こりうる問題」としてこの問題をとらえ、自分たちの問題に引き付けて彼女たちに寄り添っていくことが可能になること、そこに関係性概念としてのマイノリティが活かされ、彼女たちの歴史的な名誉の回復も実現していく道筋がようやく見えて来ることがまとめとして論じられました

 先生ご自身が直接長年にわたって聴き取り調査を重ねてこられた当事者女性たち自身の声も具体的に紹介され、そこから私たちが何をくみ取るべきか、深く考えさせられる授業となりました。

 次回は、「一五一会」演奏家で、性的マイノリティ当事者である会津里花さんをお招きして、「マイノリティとジェンダー~特別講義とミニ・コンサート」が行われる予定です。

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受講生の声

食品栄養科学部・1年・女性

 「慰安婦」問題がニュースで取り上げられてた時、私は「慰安婦」がどんな人たちなのか理解していなかった事と、受験期とちょうど被っていたため、「慰安婦」についてほぼ何も知らなかったが、実際彼女たちが経験してきた事を聞いてぞっとした。同じ女として、人間として奴隷のような扱いを受けたり性処理に使われたりして若い時代を奪われてしまっていたなんてひどい話だと思った。そして今の政府の「慰安婦」への対応の対応の仕方は彼女たちの本当にして欲しい事を行っていないと思い、もっと彼女たちの言葉に傾ける人が増えて、少しでも彼女たちが救われて欲しい。

食品栄養科学部・1年・女性

 私は今回の授業で初めて「慰安婦」のことを知りました。もしかしたらニュースなどで聞いたことはあったのかもしれませんが聞き間違えていたり、聞き流していたりしていたのかもしれません。物語や漫画などでその存在をほのめかされてもフィクションのもの、あるいは外国のもので日本とは関係がないと思っていたので衝撃でした。しかし私は戦後の発展した日本しか知らないので戦争の時の話をされても実感がないとも思ってしまいました。それは日本のメディアや教育などが性的な物事を不健全として隠してしまうことも原因の1つなのではと思いました。今回の授業もおそらくそのままの言葉では高校では聞くことが出来なかっただろうと思います。しかし、もし「レイプ」という言葉を「暴行」などと言われていたら私は異なる意味でとらえていたのではないかと思いました。

食品栄養科学部・1年・男性

 慰安婦問題という名前はニュースで聞いたことがあったが、慰安婦という言葉そのものの知識がなかったため、解決してよかったくらいにしか思わなかった。国家間の問題ではあるものの、国家そのものの問題ではないので、政治的に解決をしただけでは当事者が納得しないのは当たり前であると感じた。

 実際に、いわゆる「慰安婦」であった人の話を先生から聴いて、許されることではなかったことが分かった。自分も含め、慰安婦問題に関する正確な知識を持っている人は少ないと思う。このまま国家間で解決したという終わり方をしないためにも、多くの日本人が正しい知識を持つべきだと感じた。

経営情報学部・1年・女性

 私は正直慰安婦について名前を聞いたことがあるくらいで重大な問題としては全然考えていなかったけれど今回の講義で考え方が全く変わりました。彼女達がとても辛い思いをしたこと、その心の傷を未だに引きずっていることは残念で仕方がありません。それを考えたら「慰安婦」問題を「売春婦」言説とし加害者の行為の違法性を見えなくするのは決して許されないことだと思います。彼女達のことをレイプ被害者として捉え自分たちの問題として深く受け止めていきたいと感じました。

経営情報学部・1年・女性

 マイノリティという言葉は今まで普通に使っていましたが、今回のような、慰安婦問題の時どのように判断するかが分かりませんでした。たしかに、少数派ではあるかもしれないけれども、その人たちの意思で性奴隷になったわけではないと思います。戦争中には矛盾したことが多くあり、それを秘密にされていることが多くあるんだと思います。今の時代にはそうそうないことだろうけど、こういう差別があったという事実を知ることが未来で同じことを起こさないことにつながると思います。だから知ることができてよかったです。現代は昔のような露骨な性的差別はあまりないですが、精神的に追いつめられるような差別が多いと思います。この問題の解決は難しいと思うけど、向き合って考えていきたいです。

国際関係学部・1年・女性

 今回の授業では被害に遭った女性たちのことを「慰安婦」などと軽々しく口にすることなどできないと思う程衝撃を受けた。テレビなどの報道で受けた印象では、お金をもらっていたということで合意の上でという人も多かったのではないかなどと思っていた。しかし今考えてみると、日本政府に訴えた女性がいたという時点で人生を狂わされた人がいたことは事実だし、日本人である私は日本の視点からの報道しか見ていなかったわけだから、韓国人の女性たちの本当の声が聞こえていなかったのは当然のことだったのかもしれないと思った。

 私と同年代の女性たちがかつて心身共に傷ついたことに心が痛んだのと同時に、その加害者が国の為にと言って戦っていた日本人であるという事実に悲しみとやるせなさを感じた。

国際関係学部・2年・女性

 与えられる条件によってマジョリティに入るのか、マイノリティに入るのかが変化する、ということに驚きました。私自身も条件によってはマイノリティになるということに気がつかず、何となく常にマジョリティにいるような、マジョリティに寄せているような生活を送っていたけれど、それは間違いだということが分かりました。また、私は韓国文化や朝鮮半島事情についての授業を履修しているので、慰安婦問題には以前から関心があったのですが、「慰安婦」という言葉が示す意味自体に目を向けたことがなく、これは完全に加害者目線の表現だということに今さら気づいたことがショックでした。慰安婦制度はどんな理由があるにせよ許せない、と思っていたけれど、「性奴隷」とか「レイプセンター」といった表現を思いつくことができなかったということはまだまだ被害者の方々の声に耳を傾けきれてないんだな、と思いました。被害者の方々をマイノリティに閉じ込めたままにしないためにも、もっと彼女達の声に耳を傾け、寄り添うことができるように意識していきたいです。

国際関係学部・2年・女性

 最後に3人の女性の話を聞かせてくれましたが、あまりのひどさに言葉を失いました。国のために働けと言われて性処理をさせられたり、おまわりさんに騙されて連れ去られ、後に親に会いに行ったら拒絶されたりと想像もできないことが現実にあったのだなと思いました。内容も内容なので、社会的制裁の恐怖で証言が困難だったり、PTSDにならない方がおかしいくらいだと思いました。同じ女性としては一刻も早く被害者の方々の声が聞き届けられることを祈ります。

食品栄養科学部・1年・女性

 慰安婦で私が持っていたイメージは「お金がほしいから身体を売る」と自分自身の個人的な意思を持った人たちだと思っていました。教科書で用いられている写真はゆういつ一枚の写真の中で暗い顔をした人だけを扱っていてその写真で他に写っていた写真の女性は笑顔でいたのを見たからです。貧しい中で身体を売るという考えを持たざる得ない世の中であったので仕方がないことかもしれないけれど、と思いましたがしかし今台湾・中国がお金がほしいだけなのだと思っていました。なぜなら国家間のやり取りで得られるのは形だけの謝罪とお金だけだと思うからです。私は日本だけを加害者としてみるのではなく、被害者のフリをした国家がお金を巻き上げているように私は感じています。しかし今回実際に話を聞き被害にあわれた女性がどうにかして傷がいえればいいと思います。そして国家ではなく本人に向けた謝罪をするべきだと思います。また一概に軍人だけを責めるのではなく戦争を始めた世界中が一番悪いと思います。

経営情報学部・1年・女性

 慰安婦の問題で、実際に被害を受けた人の説明を聞いたが、今までの講義の中でもっとも残酷で生々しい話であると感じた。また、「慰安婦」という言葉自体も好んで呼ばれているわけではないので、言葉による、言葉ができたからこそ生まれる被害もあるのだと実感した。DVやセクハラの話では、実際に言葉ができてから問題視されたが、それをふまえると適切な言葉で誰もが納得の行く形にしてから言葉にするのが正しいと思った。誰もが正しいというのは、マイノリティに繋がることで、そういった小さな声に耳を傾けなくてはいけないと思う。マイノリティ派の声が届かないのは、慰安婦という言葉に偏見があると私は思う。実際に自ら進んで慰安婦になった人もいるかもしれないが、そういう人たちばかりではなく、ずっと当時のことで悩まされてきた人もいるのだということを改めて考えなくてはいけないのだ。